1970年代にアメリカで全般支援ロケット・システムの名称で研究・開発が始められた長距離火力支援装置です。陸上自衛隊には1992年から75式130mm自走多連装ロケット発射機の後継として導入されています。
MLRSは元々、アメリカを中心とした"西側:北大西洋条約機構(NATO)"とソビエト連邦が主導する"東側:ワルシャワ条約機構(WTO)"との対立にあった冷戦時代に、東側同盟の圧倒的物量(戦車)の機甲兵力を削ぐ目的で開発がスタートした長射程面制圧兵器です。
後にアメリカのLTV社(Ling Temco Vought)の開発した装置が選ばれ、イギリス、フランス、西ドイツ、イタリアの西側各国も共同開発に加わります。そして1983年にはまずアメリカ陸軍向けに生産を始め、イギリスなどへも順次配備が進められていきます。
"多連装ロケットシステム・MLRS"は"Multiple Launch Rocket System"の略称で、自走発射機、指揮車、弾薬補給車からなるシステム一式で構成されています。
長射程での面制圧を目的に運用され、遠距離に展開するの火砲、装甲車両、上陸舟艇部隊等を広範囲に撃破するのに使用されます。発射されるロケット弾には多数の子弾が内蔵され、敵部隊上空で拡散して降り注ぎ地上を面制圧します。
ちなみにMLRSの実戦はアメリカ軍による湾岸戦争での投入が最初で、当時のイラク軍からは多数の金属片が空から降り注ぐ様子から「鋼鉄の雨(スチール・レイン)」と恐れられていました。
MLRSの車体構造
車体にはアメリカ軍の歩兵戦闘車M2ブラッドレーをベースにしたM993運搬車が使用されています。車体前部に装甲化された乗員室、中央部にエンジン、後部に旋回式のロケット弾発射機を備えています。
乗員室は操縦と発射管制室になっていて、操縦手、車長、砲手が搭乗します。この乗員室はロケット弾発射時の噴煙やガスを遮断し、NBC防護も可能な気密構造になっています。また窓にはロケット弾発射炎や破片、敵の小銃弾を防ぐためのルーバーが備わっています。
発射機には弾体を6発装填したコンテナを左右1基ずつ収められ、計12発のロケット弾を搭載できます。収められたロケット弾を撃ち終えた後は、6発入りのコンテナごと換装する事でロケット弾の再装填が可能です。コンテナ1基の換装は約3分で再発射も8分で行える迅速な再攻撃能力を持っています。
コンテナ内に搭載されているM26ロケット弾には弾体1つにつきM77子弾が644個も収められています。ランチャー内に収められた全12発のロケットを発射した場合、7728個の子弾を敵部隊上空に降らせられる圧倒的な面制圧能力があります。
ばら撒かれたM77子弾が敵戦車や装甲車に接触すると子弾内部の成形炸薬が装甲を貫き、その弾片が飛散して周囲の人員にも被害を与えます。このM77子弾は約100mm厚の装甲鋼板の貫通能力、飛散する弾片は対人有効半径4m、200m×100mの地域制圧能力を誇るの攻撃性能を持っています。
また全12発を40秒以内で撃ちきる短時間連続発射能力と、発射機自体が約65km/hで走行する装軌式(キャタピラ)の自走車両なので、射撃場所を特定される前に速やかに離脱できる生存能力も併せ持っています。
MLRSとオスロ・プロセス
広範囲に短時間で攻撃が行える面制圧能力を備えている装備ですが、日本は2008年に締結されたクラスター爆弾禁止条約(オスロ・プロセス:クラスター爆弾に関する条約)に同意しています。この条約締結により日本はM26ロケット弾を破棄。MLRSの広範囲攻撃力を含めた装備品のメリットを著しく失ってしまいました。
クラスター爆弾は爆弾本体から子爆弾を拡散して広範囲を爆撃する高い制圧能力を持ちますが、子爆弾が不発弾になりやすく戦闘終了後の復興時に戦闘と関係のない子供などを負傷させるのが問題でした。このことからM26ロケット弾の子弾もクラスター爆弾と同じ「親弾から子弾が拡散する弾体(砲弾・爆弾)」との判断で日本はM26を破棄しました。
条約締結以降、陸上自衛隊ではMLRSの運用方法が大きく変わり、M26ロケット弾から子弾が内蔵されていない単一弾頭の「M31GPS誘導ロケット弾」を使用しています。M31にはGPSが内蔵され長射程の目標への精密誘導射撃が行える様にはなりましたが、完全に面制圧能力はなくなってしまいました。
MLRSを保有するアメリカだけではなく日本近隣諸国の中国やロシア、北朝鮮などは禁止条約に調印していないので、日本は著しく防衛力を低下させました。
陸上自衛隊へは2004年までに99両が調達され、北部・東北・西部方面隊の野戦特科団や方面特科隊などに配備されています。長距離射撃の訓練は日本国内では難しいので、アメリカのヤキマ演習場へ持ち込んで実施しています。