90式戦車は冷戦時にロシア(旧ソ連)のT-80戦車に対処するため、61式戦車、74式戦車に続いて戦後3番目に開発された陸上自衛隊の第3世代戦車です。
開発は1977年から防衛省技術研究本部(現:防衛装備庁)により始まり、1982年以降からは三菱重工業などのメーカーも参加して試作・試験が行われます。その後、1983年に初号機、1987年には2号機を制作、1989年の実用試験後、1990年8月に90式戦車として制式採用されました。
冷戦時代の北方防衛を目的として開発されているため北部方面隊(北海道)に集中配備され、本州以南では富士学校・富士駐屯地や武器学校・土浦駐屯地などの教育部隊でしか目にすることがありません。そのため74式戦車と10式戦車の中核的戦力として位置づけられています。
74式戦車は重量が約38tだったのに対して、90式戦車では約50tまで増加。エンジンの出力も約2倍にまで強化されています。またエンジンの冷却も空冷から水冷式のものが搭載され、これは戦前・戦後を通して国産戦車としては初めてです。高出力エンジンを連続して安定動作させるには、空冷式の場合では外気温にも冷却効率が影響されてしまい、機関がオーバーヒートを起こしやすくなります。
特徴として、74式戦車は砲塔部分が丸みを帯びた避弾経始の鋳造構造でしたが、90式戦車では垂直の溶接構造。他にも砲塔、車体共に新素材を使用した複合装甲の採用、主砲に120mm滑空砲や自動装填装置の搭載など、ハイテクが詰め込まれた世界最強レベルの戦車となっています。
ちなみに陸上自衛隊の公式で「キュウマル」という愛称がつけられています。
車体構造
砲塔、車体ともに溶接構造で、砲塔や車体前面には新素材による複合装甲が使われています。車体前部左側に操縦手席、中央に戦闘室、後部が機関室、砲塔内には右側に車長、左側に砲手、後部に自動装填装置が備わります。この自動装填装置のおかげで装填手が搭乗しないので、操縦から射撃まで乗員3名で行えます。
エンジンは変速機などが一体化されたパワーパック式の三菱10ZG32WTディーゼルエンジンを車体後部に搭載。故障した際にも、その場で戦車回収車によりエンジンをまるごと交換できる様にできています。
変速機も74式戦車から進化していて、前進4段、後進2段、1速から完全フルオートマチック式です。転輪は片側6輪、サスペンションは前後(1、2,5、6輪)が油気圧式サスペンション、中央(3、4輪)がトーションバー式です。車体を左右には傾けられませんが、前後5度ずつ傾斜させられます。また車高を上に170mm、下に255mmで調整も可能で、主砲の俯角(水平からの角度)が-7~10度までの可動域なのを、この車体の油圧制御で補っています。
また履帯(キャタピラ)を保護する金属製のサイドスカートも90式戦車からの採用です。サスペンションなどの整備・点検時には、サイドスカートを各部分ごとに上げて実施します。
車両の操縦には速度計などが組み込まれたパネル一体型のバイクハンドル型の操向舵で行います。この操縦室には変速等を制御するパネルや操縦手用のペリスコープも備えられています。高出力エンジンと合わせて不整地の安定走行には足周りの性能も重要で、これら油圧制御の自動変速装置や操向装置のおかげで複雑な地形でも最大70km/hの速度で走破可能になっています。
90式戦車の交戦能力
武装として、主砲にはドイツのラインメタル社製の44口径120mm滑空砲が搭載され、日本製鋼所によって国内でのライセンス生産が行われています。この戦車砲はドイツのレオパルド2、アメリカのM1A1エイブラムスなど、世界各国の主力戦車にも採用されている優秀な戦車砲です。
74式戦車までは105mmライフル砲でしたが、ライフリングの施されていない滑空砲の搭載は陸上自衛隊の戦車では90式が初です。砲弾も滑空砲のために新たに開発され、貫通力の高いダーツ状の弾頭を撃ち込む"装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS弾)"や対戦車榴弾(HEAT-MP)が使用されます。
砲弾の装填も自動装填装置の採用で手動から自動になり、装填手が搭乗する必要がなくなりました。自動装填装置内には砲弾を17発(装置内16発 + 機構内1発)が収められ、約4秒に1発の速度で安定した連続射撃が可能です。搭載されている自動装填装置はバンド・マガジン式のものが使われ、水平2段に並べられた砲弾がコンピュータ制御で回転し、砲尾へ送り出される仕組みです。自動装填装置は戦車砲が大型化して砲弾の重量が増していく現代の戦車には欠かせない装置です。しかし装置のコストや整備性、故障発生率の高さなど課題は多いです。
万が一、被弾して砲塔内の弾薬が誘爆を起こした場合でも、砲塔上部のパネルが吹き飛ぶ構造になっています。これにより爆発のエネルギーを上方向へと逃がして、乗員を守る生存性も確保されています。
自衛火器として砲塔中央部には12.7mm重機関銃M2、主砲同軸の74式車載7.62mm機関銃など74式戦車と同様の武装です。他にも砲塔両側面には4連装の発煙弾発射機も備えられています。
対戦車ミサイルへの対処としてレーザー検知装置が砲塔上部に設置されています。前方や側面からレーザー誘導式ミサイルのレーザー照準を検知すると警報を鳴らして乗員に知らせます。同時期の装備としては89式装甲戦闘車にも、このレーザー検知装置が搭載されています。
交戦性能として火器の強化以外にも、コンピュータを内蔵した射撃指揮装置により高い命中精度が実現できています。走行中でも移動目標を捉えて砲身が追いかける赤外線画像の自動追尾システムも、90式戦車が世界で初搭載です。パッシブ式赤外線暗視装置の搭載で夜間でも昼間同様の射撃が行え、不整地ので走行中でも砲安定装置で精度の高い安定射撃も可能です。
戦術ネットワークとは連携されていませんが、第2戦車連隊(上富良野駐屯地)の車両には戦車連隊指揮統制システム(T-ReCS)という装置が搭載されています。
2009年までに341両が製造され、実戦部隊としては北部方面隊の第2師団、第7師団、第5旅団、第11旅団に配備されています。